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仙台地方裁判所 昭和37年(ヨ)250号 判決 1963年5月10日

申請人 斎藤規夫

被申請人 ソニー株式会社

主文

被申請人は、申請人に対して、金一万六、一〇〇円及び昭和三八年五月から本案判決確定の日の属する月まで、但しその日がその月の二五日以前であるときはその前月まで、毎月二五日限り金一万六、一〇〇円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は全部被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「一、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。二、被申請人は、申請人が仙台工場構内に立入るのを妨害してはならない。三、被申請人は、申請人に対し、金六万四、四〇〇円及び昭和三七年八月以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日金一万六、一〇〇円を仮に支払え。四、申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「一、申請人の申請を却下する。二、申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二申請人の申請の理由

一、当事者間の雇傭関係並びに被申請人の申請人に対する解雇

(一)  被申請人は、もと東京通信工業株式会社と称したが、昭和三三年一月その商号をソニー株式会社と変更したもので、本店を肩書住所地に、工場を東京都品川区、仙台市、厚木市に置き、トランジスタラジオ等の電気機械の製造販売を業とする会社である。申請人は、昭和三〇年四月一日東京通信工業株式会社に雇傭され、その仙台工場に勤務し、右会社の商号変更後も引続き被申請人の従業員たる地位にあつた。又申請人は、被申請人の従業員をもつて組織するソニー労働組合の組合員であり、昭和三六年一一月以降同組合仙台支部執行委員長の地位にある。

(二)  被申請人は、昭和三七年七月二五日申請人に対し、申請人が就業規則第五五条第一九号、第二一号に該当する行為、すなわち申請人が、同月四日仙台市荒町所在の仙台公共職業安定所を訪れ、故意に事実をまげて被申請人を誹謗し、同月九日から同月一六日にかけて宮城県下で行われた被申請人の厚木工場従業員募集を妨害するような行為をしたという理由をもつて、就業規則第五七条に基き懲戒解雇の意思表示をし、同時に被申請人仙台工場構内への立入を禁止した。

二、申請人に対する解雇の無効

(一)  懲戒事由の不存在

(1) 本件解雇の発端となつたのは厚木工場における人権侵害事実である。

(イ) 申請外伊藤利子、後藤陽子の両名は、昭和三七年四月一八日被申請人に雇傭され、厚木工場に勤務していたものであるが、同年六月二二日午後三時ごろ、突然被申請人から呼出を受け、同工場内の診療所において精神科医師武田専より各々約三〇分間種々の質問を受けた。右は両名の精神状態を鑑定するための診察であつたが、両名は右診察の前後を通じて被申請人からも、同医師からも何らの説明も受けず、後藤が同医師に対し何のためにこのようなことをするのかと尋ねても、言を左右にしてその目的を明らかにしなかつた。右診察の結果、伊藤はヒステリー朦朧状態、後藤はヒステリーとの診断が下された。

そして右両名は、まだ三カ月の試傭期間中であつたが、同月二六日厚木工場佐藤総務課長から、それぞれ同工場の仕事に性格的に不向きであるから退社してもらいたい旨の通告を受けた。しかし、右両名は、同月三〇日東京都立松沢病院において、医師蜂矢英彦の診察を受けた結果、精神障害は認められないとの診断を得た。

なお右両名は、入社後三カ月を経過していないため、まだソニー労働組合には加入していなかつたが、同労働組合主催のフオークダンスの会や学習会には積極的に参加し、組合に対して関心を示し、同時に入社した従業員の中では将来組合の活動家に成長するものと期待するものもあつた。

(ロ) ところで、被申請人が右両名を精神科医師武田専に診察させた行為は、次の理由により違法、不当である。

すなわち、伊藤は同月五日から八日まで、腹痛のため厚木中央病院に入院し、又後藤は同月二一日頭痛のため厚木工場の診療所において診察を受けたが、右の時期は両名とも生理期間中であつて、その他は何らの異常もない健康体であり、精神科医師の診察を受けさせるべき事情はなかつた。しかるに地方出身者である両名の些細な環境不適応に対し、直ちに右のような診察を受けさせたことは、労務管理においても従業員に対する配慮を欠いた不当な措置である。

加えて、被申請人は、右精神科医師の診察を求めるについて、両名及び両親の同意を得ておらず、又被申請人は精神衛生法上右両名の保護義務者ではないのであるから、精神障害の疑いを生じ、専門医の診察が必要であると判断するに至つた場合には、精神衛生法第二三条の規定による手続を経なければならないのに、これを経ることなく診察を依頼した。従つてこの行為は精神衛生法に反する違法なものである。

更に右武田医師が一面識もない両名に対し、それぞれわずか三〇分の問診により前記のような診断を下したことは前記の蜂矢医師の脳波測定を含む精密な検診に比し軽卒であり、又蜂矢医師の診断と明らかに喰い違う診断の内容にも著しい疑を抱かせるものであつて、不当な診断である。

(ハ) 被申請人は、右の武田医師の診断を主な理由として両名に退職を迫つた。すなわち被申請人は、両名に対し違法な診察を行い、両名には何ら異常がないのに、生理期間中の若干の健康上の障害を精神病ないし精神障害であるとして本採用を拒否する旨決定し、退職を迫つたのであるが、これは明らかに基本的人権の重大な侵犯行為である。

更に被申請人は、右診察の結果と称して相当数の者に対し、右両名は「頭がおかしい。」とか「ヒステリー性憂うつ性ですよ。」などと公言した。右は、仮に両名に精神障害があつたとしても、年少者の人格とその家族の名誉を不当に傷つけたものであり、これを理由として解雇することは基本的人権を侵害する違法がある。

(ニ) 右両名はいずれも厚木市所在のソニーA寮に寄宿中のものであるが、右の人権侵犯事件が明らかになるにつれ、被申請人は寮母を通じて両名の行動を逐一監視し、このため両名の寄宿舎における生活は著しく自由を侵害されている。このような被申請人の行為は明らかに労働基準法第九四条に違反している。

(2) ソニー労働組合は、被申請人の右の措置は重大な人権侵害であるとして機関誌で組合員に知らせると同時に、右両名を援助して人権擁護局に人権侵害救済の申立をし、又右は組合に接近する態度を示したため解雇したもので、組合弱体化をねらつた不当労働行為であると判断し、広く外部の労働組合や民主団体に訴えることを決定した。

(なお右人権侵害救済申立は同年七月一〇日横浜法務局人権擁護課にされ、各新聞とも大きく取上げ、週刊誌でも報道された。)

(3) ソニー労働組合仙台支部は、同月四日組合本部の指令を受け、執行委員会を開いて討議した結果、執行委員長である申請人が、指令に従つて行動するために仙台公共職業安定所を訪れることに決り、申請人は同日同職業安定所を訪れ、浦山職業紹介係長に対し、前記厚木工場における二名の従業員の人権侵害の事実を話し、善処方を依頼した。すなわちその趣旨は、同職業安定所の紹介で就職した従業員が人権侵害を受けているのであるから、今後の求人に対する紹介もあり、よく調査するようにということであつた。

これを要するに、申請人は、組合活動として、前記浦山職業紹介係長に対し人権侵害の事実を報告し、善処方を依頼したにすぎず、その意図したところは、職業安定所が、職業安定法第一六条第一項但書の事由の有無を慎重に調査したうえ職業紹介をするようにと、その職責を促すことであり、被申請人の求人業務を妨害する意図はなかつた。又申請人の右の行動により、被申請人の求人業務に具体的な支障を来した事実は全くない。従つてこれをもつて就業規則第五五条第二一号の「正当な理由又は手続なく著しく会社業務に支障を与えた者」に該当するとはいえない。更に申請人が浦山職業紹介係長に報告した事実は、虚偽の事実でなく、まさしく真実を訴えたものであつて、これによつて被申請人の信用が毀損されたとしても申請人の責任ではない。従つてこれは同規則第五五条第一九号の「会社の体面を汚す行為」にも該当しない。従つて被申請人の申請人に対する懲戒解雇の意思表示は懲戒事由が存在しないから無効である。

(二)  懲戒権の乱用

仮に、申請人の行為が被申請人にとつておもわしくない行為であり、懲戒事由に該当するとしても、従来被申請人が懲戒解雇にした例からみて、申請人を就業規則第五七条所定の処罰のうち最も重い懲戒解雇にするのは、懲戒権の乱用であるから無効である。

(三)  不当労働行為

本件解雇が、申請人の正当な組合活動の故をもつて行われたものであることは以下に述べることにより明らかである。

(1) 被申請人は、ソニー労働組合の存在を甚しく嫌悪し、今日に至るまで数多くの支配介入等の不当労働行為を行つて来たが、そのうち主なものは次のとおりである。

(イ) ソニー労働組合は、当初被申請人から強い影響を受けた自主性の弱い組合であつたが、昭和三四年九月従来の綱領のうち、労使協調、生産性向上、職場防衛を掲げた条項を削り、組合規約も従業員のほか、大会で承認した者をも組合員とする旨改正された。これら綱領、規約の改正により、被申請人は組合に対して敵意を抱き、同年一〇月から一二月にかけて行われた労働協約改訂交渉において、ユニオンシヨツプ、チエツクオフ条項の撤廃を提案し、綱領、規約の変更を求めた。そして従業員以外の者を組合員とした場合には、ただちにユニオンシヨツプ条項を廃棄することを条件として労働協約改訂交渉は終つた。又被申請人は、昭和三五年一一月九日付ソニー週報に「労組に応じた協約」と題し、勤労部長樋口晃の組合の性格が変つたことを攻撃した文章を掲載し、全従業員に配布した。組合は、昭和三五年一二月の年末一時金闘争において同月八日、一〇日の二日間に二四時間と半日間の全面ストライキを行つたが、これは被申請人創立以来最初のものであつたので、被申請人の組合に対する攻撃は一段と強化され、同月一九日付ソニー週報に「従業員の皆さんへ」と題した勤労部長の年末一時金闘争に対する激しい非難を浴びせた談話を掲載配布した。右闘争の前後に亘つて労働協約に関する交渉が続けられたが、被申請人は、ソニー労働組合品川支部の役員選挙中をねらつて、「ストライキをやるような組合とは協約は結べない。」といつて、昭和三六年一月二九日従来の労働協約を一方的に破棄した。被申請人は、協約破棄の理由を、組合が労使協調から離れ、その運営も民主的でなくなり、共通の場がなくなつたからであると主張しているが、組合が自主的に綱領、規約を改正したことを理由に労働協約を破棄することは、組合に不利益を与え、打撃を加えることによつてその自主性の放棄を強いることであり、明らかに組合の運営に対する支配介入である。

(ロ) 被申請人は、同年三月佐田化学課長が、同課員で組合大会の代議員である高野勲に暴力をふるつて大会代議員の辞退を強要し、同月末には作業中全職制を動員して組合脱退工作を行つて、ついに第二組合を結成させ、同年四月には浜田課長が暴力を使つて課員の組合脱退を強要する等一連の組合に対する支配介入を行つた。(なお右の一連の行為については東京都地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をし、昭和三七年三月一四日同委員会は申立を容れて救済命令を発した。)

(ハ) 被申請人は、昭和三六年度の夏期一時金支給に際し、第二組合員及び中立の従業員に対しては、一時金のほかに五〇〇円から三、〇〇〇円の範囲内の手当を支給し、一時金及び賃上要求のストライキに参加した者には支給せず差別待遇をした。

(ニ) 被申請人は、昭和三六年七月組合執行委員である川上允、小美野耿尋、布施豊彦、大石烈正がいずれも組合の専従をとかれ、職場に復帰することになつたところ、原職に復帰させたのは大石だけで、布施は技術部に配置したが、他の者は原職に復帰させないばかりか、仕事も与えず別室に隔離する等して差別待遇を行つている。

(ホ) 昭和三七年三月春期賃上げ要求に際し、組合は同年四月一〇日スト権を確立し、その前後から組合活動は活発になり、品川支部、厚木支部ともに休憩時間中に構内デモ、職場集会を行つた。これらの行為はいわゆる「同盟罷業」行為として行われたものではないが、組合の要求貫徹のため、その指令の範囲内で、支部の職場の自主的な判断により行つた正当な組合活動であり、団体行動である。これに対し被申請人は次のような支配介入を行つた。

(a) 同年四月一〇日、厚木工場の小林工場長は、同工場の全従業員を集めて、「組合のやり方は共産党のやり方だ。」とか「旧軍部のやり方だ。」等と反組合的な演説をして組合の切崩しをはかり、組合幹部と組合員との離間をはかる発言をした。そして工場長名で、ビラ貼り、職場集会、構内デモ等に対し、一方的に就業規則違反として処罰する旨再三組合に通告した。

(b) 同年五月一〇日それまで被申請人とソニー労働組合との間で一八回に亘り団体交渉が行われていたのに突然被申請人は団体交渉権限を小林工場長に委譲し、同工場長はそれまで交渉中に提案されたことのない、内容の全く異る交替勤務者の賃上案を従業員に提示し、ソニー労働組合の厚木支部に対し一方的に新賃金実施に関する就業規則の変更を申入れ、同時に全従業員に対し、「ソニー労組員であるか、ソニー新労組員であるか、又は中立であるか。」とのアンケートを配布し、ソニー労働組合とは賃上げ交渉中であるから五月分から賃上げは出来ないが、ソニー新労働組合員及び中立の者には五月分から引上げると言つて組合の切崩をはかつた。そして就業規則変更に同意しなければ賃上げはしないといいがかりをつけ、ソニー新労働組合とは同年五月一五日協定を結び、同組合員及び中立の従業員には賃上げ分を支給した。しかし、ソニー労働組合は、当時従業員の過半数をしめていたので、労働基準法上の同意権を有していたから、その意見を記した書面を添付して右変更された就業規則を行政官庁に届けたうえで、賃上げ分を支給すべきであるのに、右届出前に非組合員に支給したのは違法である。これは明らかに差別待遇の意思をもつてなされたものである。

(c) 被申請人は、同年六月二〇日ごろから、工場次長、課長、係長らの職制に命じ、伊藤カヤ子他数名に対し、威圧を加えて組合活動を断念させようとし、「組合のとつた春闘中の行動を反省しているか、反省しなければ処分する。」と脅かし、組合活動分子とみられる者に対し、個別的に切崩工作を行わせ、組合との離間をはかり、家族に対しても手紙を出して、家族の圧力で組合活動から脱落するよう働きかけた。

(d) 高山洋三は昭和三七年三月以降厚木支部の書記長、関戸勇は同支部執行委員教宣部長、伊勢進一は同支部執行委員であつたが、右高山、関戸に対しては、春闘中の組合運動を反省するよう要求し、反省しなければ処罰もしくは配置転換を行うこともある旨予告して威圧を加え、右関戸に対しては同年六月二八日、高山、伊勢に対しては同年七月二日ごろ、それぞれ会社の都合を口実に厚木工場から品川工場に配置転換を命じた。しかし右配置転換については必然的な理由はなく、春期闘争中最も熱心に組合活動を行つた活動家を、しかも同支部の執行委員六名中実際に活動可能な三名を突如として配置転換したものであるから、明らかに支部の組合活動を減殺し、これを弱体化するための措置である。

(なお厚木工場の不当労働行為については同年七月五日東京都地方労働委員会に救済申立をした。)

(ヘ) 被申請人は、同年七月品川支部執行委員教宣部長大橋捷治を、会社の機密事項を組合の教宣用文書に掲載したとの理由で解雇したが、右の被申請人が機密事項であるというのは口実であり、仮に会社の機密に属することでも、それが必然的に労働強化を招き、労働条件を悪化させる場合には、労働組合は組合員に事実を知らせ、反対の要求を組織して反対闘争を行う権利があり、これはまさに正当な組合活動である。従つて右処分は同人が活発な組合活動を行つた故にとつた不利益処分である。

(ト) 前述のように被申請人は、厚木工場の試採用者伊藤利子、後藤陽子の両名に対し人権侵害を行い、これを解雇したが、これは特に組合組織の強い厚木工場において、組合活動家を圧迫し、新入社員に組合加入を阻止するために行つて来た反組合的行動の一環としての不利益処分である。(なお両名とも横浜地方裁判所に解雇無効の訴を出した。)

(2) ソニー労働組合仙台支部及び申請人の組合活動とそれに対する被申請人の攻撃

(イ) 申請人は、ソニー労働組合仙台支部の組合員として、これまで執行委員、副委員長を経て、現在執行委員長の地位にあり、仙台支部の組合活動を指導し、熱心な活動家として現在に至つている。

(ロ) ソニー労働組合仙台支部は、昭和三四年九月の組合綱領、規約の改正に伴う団体交渉、交替勤務の協定をめぐる交渉を行い、又昭和三五年春には大巾賃上げ要求の闘争を行い、場所の指定制限と被申請人側の監視の中で構内デモを行い、更に臨時従業員の待遇問題については、臨時工労働組合を組織して本工登用の要求を行う等活発な組合活動を行つて来た。

(ハ) 同年一二月の年末一時金闘争においては、組合は同月五、六、七の三日間時間外労働を拒否する指令を出し、申請人は仙台支部副委員長として同月五日仙台工場テープ課組合員五名に対し、早朝出勤による就労をとりやめさせたが、被申請人は、申請人の右行為を労働協約違反という口実の下に断乎処置をとる旨仙台支部に通告して来た。しかし年末一時金要求と右処分反対のため、組合が同月八日、一〇日の二回に亘つて行つたストライキの結果処分の通告は撤回せざるを得なかつた。ところで時間外協定は、使用者に時間外労働の業務命令権を与えるものではないから、時間外労働を拒否することは何ら業務命令違反にはならず、又争議行為ではないから、労働協約違反の問題も起り得る余地はない。しかるにこのようなとるに足りないことをとりあげた被申請人の態度は、申請人を何んとかして処分しようという意思を示すものである。

(ニ) 昭和三六年三月ソニー労働組合仙台支部が全建労の依頼により、映画「鉄窓烈火」の宣伝ビラを流したところ、これに対し被申請人は、「アカだ。共産党だ。」と組合役員を誹謗するビラを流して組合活動を妨害した。

同年の夏期一時金闘争後被申請人の井深社長は、仙台工場において、組合のストライキに対する攻撃、中傷、非難の演説をし、反共意識に訴えて執行部と組合員との離間、組合の弱体化、壊滅を図り、盛田副社長も仙台工場において数回演説し、「ソニーという舟に穴をあけるものだ。」と組合に対する中傷と悪宣伝を行い、いずれも組合に対する支配介入をした。

(ホ) 昭和三六年三月春期賃上げ要求に際し、申請人は委員長代理として第二組合結成の分裂工作と戦いながら闘争を指導したが、被申請人は同年四月二七日の半日ストライキに対し、本部からの連絡がないとの理由により、ソニー労働組合の伝達案に干渉し、支援労組に対しカメラを向け、集会場所の干渉、構内デモ場所の使用禁止等様々の攻撃を加えた。

(ヘ) 申請人は同年五月末から六月にかけて電機労連の大会に出席したが、その間に、被申請人は申請人の仕事を取り上げ、その後約半年は作業ができない状態においた。その後も単純な機械の操作の作業に格下げし、本件解雇当時まで続けられた。これは明らかに申請人の組合活動を理由とする差別待遇である。

(なお昭和三六年一二月には仙台工場においても組合脱落者により新労分会が結成された。)

(3) 以上の経緯により、被申請人の不当労働行為の意図は明らかであり、本件解雇は、就業規則違反に藉口して、従来から組合活動を活発に行つて来た申請人を、正当な組合活動の故に不利益処分にするものであるから、不当労働行為であり、解雇は無効である。

三、被保全権利の存在

以上いずれの理由によるも、被申請人に対する本件解雇は無効であり、申請人は被申請人に対し雇傭契約に基く権利を有する地位にある。

ところで申請人は、昭和三七年七月当時毎月一万六、一〇〇円の賃金を得ていたので、解雇の意思表示後も同額の賃金の支払を受ける権利を有し、又昭和三七年の年末一時金として、被申請人とソニー労働組合との協定により、平均して賃金の四カ月分を支払う旨の協定が成立したので、申請人は右賃金月額の四倍である六万四、四〇〇円の支払を求める権利がある。なお賃金支払期日は毎月二五日である。

四、保全の必要

申請人の家族は両親と兄弟六人で、申請人は長男であり、家族八人の生計は主として申請人の賃金によつて支えられていたところ、本件解雇により右賃金が得られなくなつたので、その生活は著しく困窮している。なお申請人は仙台支部執行委員長であるが、専従ではなく、従つて組合からの報酬は受けていない。もつとも現在組合員の救援資金により辛ろうじて生活を維持しているが、右の救援資金は実質的には借金であつて本件仮処分の判決がされれば当然組合に対して返還しなければならないものである。

又申請人は本件解雇により健康保険の被保険者たる資格を失う等の不利益を受けているので、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める必要がある。

更に被申請人は、申請人が仙台工場構内へ立入ることを実力をもつて拒否している。もつとも組合事務所への立入は許されているが、就労のためその他の工場構内に立入る必要があるのみならず、従来から組合大会は仙台工場構内を借り受けて行つており、他の場所で行うことは事実上不可能であるか、又は大会としての機能を十分に発揮することができないのであるが、申請人は部外者であることを理由に集会参加を事実上拒否され、委員長の報告をすることができず、仙台支部の活動は事実上停滞しているので、申請人が工場構内へ立入る必要がある。

第三申請の理由に対する被申請人の答弁および主張

一、申請の理由一、は認める。

二、(1) 同二の(一)の(1)の(イ)について

伊藤利子、後藤陽子の両名が主張の日に被申請人に雇傭され厚木工場に勤務し、三カ月の試傭期間にあつたこと、両名を医師武田専に診察させ(但し診察の日は昭和三六年六月一九日である)、その主張のような診断が下されたこと、佐藤総務課長が両名に対し仕事に向かないと述べたこと、両名が松沢病院で蜂矢医師の診察を受けたことはいずれも認めるが、武田医師が診察したときの状況、蜂矢医師の診察の結果、両名がダンスの会や学習会に出席し、組合に対して関心を示していたことは知らない。

両名を解雇した経緯は次のとおりである。両名は採用とともに厚木工場製造課に配属したが、両名とも採用試験の際のクレペリンテストの結果は、aFで好ましいものではなく、伊藤は同年六月初旬原因不明の発熱があつて厚木中央病院に入院したが、内科的疾患は認められず、神経系統の疾患の疑が持たれ、加えて、作業意欲も乏しく、習熟も遅いことが明らかとなつた。後藤は採用試験の際の文章完成テストの結果が同月中旬ごろ判明し、それによれば分裂気質があることが認められ、作業中の態度も落着きなく、製品測定の作業について、良不良の判別を間違うような行為が続出し、寮生活においても他の者との折合が円滑を欠いていた。そして両名とも平素の観察からして感情の抑制作用が円滑でないことが見受けられ、直接の監督者より試傭期間満了後の本採用は適当でないとの進言もあり、本採用の適格を欠くとの疑いが生じた。そこで被申請人は、右両名がそのころ診察を受けていた同工場診療所の西村医師の勧めに従い、他の従業員三名と共に、同月一九日精神科医師武田専の来診を求め、それぞれその同意を得て診察させたところ、申請人主張の如き診断が下された。そこで被申請人は、前記の諸事実に徴し、右両名を本採用にすることは経営効率に寄与する期待を持つことが困難であり、従業員としての適格を欠くものと認定し、同月二六日仕事に向かないから帰郷するよう勧告したが、その後労働組合から執拗にその病名の発表を迫られてやむなくこれを明らかにし、又両名の希望を容れて試傭期間満了まで就労せしめることとし、父兄に対しては右診察の結果を告げて本採用はできない旨通告し、同年七月一八日両名に対し、本工不採用の旨を通知するとともに試傭期間満了により解雇する旨を明らかにし、同日以降同工場内への立入を禁じ、同月二〇日までに退寮すべきことを求めた。

(2) 同(ロ)の事実は否認する。両名は武田医師の診察に対して異議なくこれに応じたもので、同意があつたから精神衛生法違反の事実はない。又同法にいう「精神障害者又はその疑ある者」として診察したものではなく、従業員の精神衛生上の観点からの診察であつて、精神衛生法の適用を受けるべき事例ではない。

更に武田医師の診断が、蜂矢医師の診断と異ることをもつて、直ちに前者が虚偽の診断であるとはいえない。かえつて蜂矢医師の診断は、伊藤利子、後藤陽子両名に対する以前からの観察結果を全く判断の外においているので公正な診断とはいえない。

(3) 同(ハ)の事実は否認する。被申請人は、前記のとおり両名の言動その他勤務状態に関する観察と武田医師の診断を総合して両名の本採用を不適当と判断したのであり、全面的に武田医師の診断に従つたものではない。

又前記のとおりソニー労働組合の幹部に執拗に追及されて、両名が精神病ではないが、神経症の一種のヒステリーで集団生活には適しないものであることをもらしたが、これを多数に流布したのは組合のビラに外ならない。

(4) 同(ニ)のうち両名がソニーA寮に寄宿中の者であつたことは認めるが、その他の事実は否認する。

(5) 申請の理由二の(一)の(2)について、申請人主張のようなことが、組合機関誌に掲載されたこと、人権侵害救済申立がなされたこと、これが新聞や週刊誌にも報道されたことは認めるが、その他の事実は知らない。

(6) 同(3)の事実は争う。

三、申請人に対する懲戒解雇

(一)  申請人は昭和三七年七月四日ソニー労働組合本部の指令によるものと称し、仙台公共職業安定所を訪れ、同所浦山職業紹介係長に対し、事実を確認することなく、同年六月三〇日付同組合情宣部発行のビラを示し、「会社はこんなことをしている。厚木工場の新規採用者に対しては、医者とぐるになつて精神鑑定を含んだ健康診断を行い、組合意識の強い者は本採用にしない。」旨述べ、又「会社と組合間に争議が生じている。」旨述べ、更に当時全労働省労働組合宮城職安支部長であつた中山真吉に対しても同様の事実を告げ、同月一四日同組合仙台職安分会長佐藤雅夫を通じて、右浦山係長に対し、「ソニー工場の従業員に応募した者は、直接会社の選考員に渡すことなく一カ所に集めて欲しい。」旨申入れ、被申請人の従業員募集の業務を妨害し、虚偽の事実を宣伝して被申請人の信用を著しく毀損した。右の申請人の行為は就業規則第五五条第二一号、第一九号に該当する。

よつて被申請人は、同月一七日査問委員会を開いて申請人に弁解の機会を与え、その事実を確定し、同月二三日、二四日の両日に懲罰委員会を開いた結果、従業員としての適格を欠くものと認め、就業規則第五七条を適用して同月二五日申請人を懲戒解雇に処した。

(二)  申請人は前記に関し、妨害の意図および事実を争うけれども、被申請人が同月九日から同月一八日までの間宮城県下において行う女子従業員の募集が、会社業績発展の基礎をなすもので、非常に重要な業務であることを認識していた。しかるに組合の目的とする前記伊藤、後藤両名の解雇撤回を求める手段として、右両名の本工不採用については労使間に意見が対立していることが明らかであるのに、組合本部からの一方的な事実報告を盲信し、求人業務を妨害する意図をもつて、その紹介業務を間近にしている職業紹介係長に対し、組合の一方的な主張事実を掲載したビラを示し、前記の如く虚偽の事実を述べ、右従業員の採用試験に先立ち、職業安定所に事実調査をなさしめようとした。そして職業安定所が右調査を行い、職業安定法第一六条第一項但書によつて求人申込の受理を拒否するものと期待し、又、同条第二項によつて行政指導を加えるに至るべきことを予想していたものである。しかし被申請人の求人申込の内容は何らそれ自体において、法令違反或は通常の労働条件に比し、不適当であるというような瑕疵はなかつたのであるから、申請人の行為は同条に関する限り、虚偽の事実を告げて、職業安定所の職権外の事項の調査を促したものであり、又これは明らかに、被申請人の求人申込の内容に不信を抱かせたもので、結局その求人業務を妨害したものに外ならない。

又、争議中なる旨虚偽の事実を申告することも職業安定法第二〇条に関連し、当然紹介前にその調査に当ることになり、求人業務はその限りにおいて妨害を受けることとなる。

更に申請人は前記の如く、中山真吉に対して右と同様虚偽の事実を述べ、その結果佐藤雅夫をして前記の如き申入をさせたものであるが、右申入れの内容は、全労働省労働組合宮城支部職安分会が組合として採用試験に先立ち被申請人の選考員に会い、申請人が告げた事実について調査しようとしたものであり、その調査の意図は被申請人の選考員を詰問する以外になく、その間紹介業務もできず、選考も行えないことになるのであるから、結局被申請人の求人業務の妨害にほかならない。

(三)  申請人は、前記申請人の行為をもつて、被申請人の体面を汚したことにはならないというけれども、被申請人が今後も求人紹介を依頼すべき職業安定所に対し、虚偽の事実を宣伝し、被申請人の不当行為であると申告したもので、これは被申請人を不当に誹謗し、その信用を著しく毀損するもので、被申請人の体面を汚したことにほかならない。

(四)  要するに申請人の行為は、ソニー労働組合の指令の範囲を逸脱しているのみならず、労使間に対立が生じている事実について、労働組合が一方的な主張事実を第三者に流布宣伝することは労使間の信義則に反し、又仮に、伊藤、後藤の両名に対する解雇の撤回を求めるについて、右組合の主張が真実であるとしても、その方法として被申請人の求人業務を妨害するという手段に訴えることは正当な組合活動とはいえない。従つて申請人の行為は全く反会社的であるというべきで、従業員としての適格を欠くものといわねばならない。

(五)  仮に申請人の行為によつて被申請人の求人業務が妨害されなかつたとしても、申請人は前記のように、これを妨害する意図をもつてその行為に出で、求人業務を妨害しようとしたものであるから、これは少くとも同規則第五五条第二三号により第二一号、第一九号に準ずる行為である。

以上により被申請人の申請人に対する懲戒解雇は適法且つ有効なものである

四、申請の理由二の(二)の懲戒権乱用の主張は否認する。

五、同(三)の不当労働行為の主張は否認する。本件処分時において被申請人が認識していた事実は申請人の求人妨害、信用毀損の事実であり、その事実は前記のとおり懲戒解雇に相当し、それのみが解雇の決定的原因であつたのであるから、本件解雇を不当労働行為ということはできない。

(一)  申請人が同(三)の(1)において主張する事実は、被申請人の本社や厚木工場における事実であり、又労働組合法第二七条第二項に規定する除斥期間を経過した事実は申請人に対する本件解雇と直接の因果関係はないので、これは本件解雇について被申請人の不当労働行為意思を推測せしめるものでないが、ともかくその主張に対して次のように反論する。

(1) 同(三)の(1)の(イ)について。

被申請人とソニー労働組合間に昭和三三年一〇月三日、同月一日から有効期間を一年とする労働協約が締結され、昭和三四年一二月四日付協定書において、さらに右協約を同月一日から一年間有効とすることに改められ、被申請人は昭和三五年九月二二日協約改定の申入をし、同年一〇月二八日から一一月九日まで九回に亘る団体交渉を行つたが、申請人の主張のように組合綱領規約が改定され、従来の労働協約第三条に反する傾向を示すに至つたので、右協約を結んだ基盤である共通の場が変化した。それで右交渉は結論をみず、年末一時金についての交渉に移つて中断されたが、昭和三六年一月二七日再開した。しかしユニオンシヨツプ条項、チエツクオフ条項に関して意見が対立のまま平行線をたどつていたので、被申請人は右協約を更新せず、期間満了をもつて自動的に消滅させることにし、同月二九日これは失効した。従つて組合切崩工作として被申請人が一方的に協約を廃棄したものではない。仮にこれが廃棄したものといえるとしても協約を結ばないこと自体は何ら反組合的意思を推定せしめるものではない。申請人主張の週報を配布したことは認めるが、組合切崩ということは全く存在しない。

(2) 同(ロ)について。

佐田化学課長が暴力をふるつて大会代議員の辞退を要求したこと、浜田課長が暴力をふるつたこと、不当労働行為救済の命令があつたことは認めるが、その他の事実は否認する。

(3) 同(ハ)について。

被申請人は、昭和三六年五月八日ないし一〇日の三日間会社創立一五周年を記念し、出勤者に対し餅代を支給することにしていたが、ソニー労働組合は、ストライキを行つたのでストライキ参加者には支給しなかつた。右金額は五〇〇円であり、支給を受けた者の中には右組合員もいた。又その間徹宵残留して準備に当つた従業員に対しては残業手当に見合うものとして一、〇〇〇円宛支給したものである。

(4) 同(ニ)について。

川上、小美野の両名を別室に隔離して差別待遇したとの点は否認する。右両名は専従復帰の際職制変更のため原職がなくなつたので、やむを得ず労務課に配属したにすぎない。その他の事実は認める。

(5) 同(ホ)について。

被申請人が支配介入をしたという主張は否認する。

昭和三七年三月の春期賃上げ要求に際し、ソニー労働組合員は同年四月一〇日ごろから多数で、厚木工場の内外を問わず、電信柱や交通標識に至るまで、被申請人を侮辱する言葉を連らねたビラを貼り、又工場の塀にはマジツクインキで落書をし、更に被申請人の許可なく構内デモ、職場集会を行つた。これについて、当該組合員や同工場の労使協議会に出席した厚木支部役員は、いずれも組合の指令によるものではなく、又組合の関知するところではなく、各組合員の自発的意思によつて行つているものであると言明した。従つて組合が争議行為として行つているのではないとすれば、組合が闘争態勢をとつている状況においても、従業員は就業規則を遵守する義務のあるのは当然であるから、右の規約に違反した行為につき被申請人が注意し警告をすることは当然である。仮に争議行為であるとしても、その行為の態様、方法において違法であるから就業規則違反の責は免れない。

(イ) 同(ホ)の(a)について。

小林工場長の演説(その日は同年四月一六日である)は、組合を誹謗し、同幹部を中傷するような反組合的なものではなく、規律維持の立場から所信を披瀝したもので、言論の自由の範囲内に属することである。

(ロ) 同(b)について。

団体交渉権限の委譲、交替勤務者の新賃金案の発表、就業規則変更申入れ、ソニー新労働組合との間の賃上げに関する協定成立、同組合員及び非組合員に対する新賃金による支給の各事実は認める。しかしこれは厚木工場の勤務形態及び福利厚生面での特異性に即した賃金形態及び労務管理を行うべく、同工場長にその権限を委譲したものであり、又非組合員に対する新賃金による支給も従来の慣行どおりこれを支給するに異議がなかつたので、同時に支給したものである。

ソニー労働組合との賃上交渉は、同年六月七日に漸く妥結したので、六月分賃金において五月分より遡及精算して支給しており、何ら差別待遇をしたものではない。

(ハ) 同(c)について。

係長以上の職制中若干のものが、前記(ホ)について述べた冒頭の規律違反について、未成年者の多い部下従業員の一部に対し、自己の行為をどう考えているかと尋ねたことはあるが、これはその反省を求めたものであり、又本人の父兄に対する手紙も、父兄から従業員に話して貰つて納得させようとしたものであり、これは組合活動分子の個別的切崩しではない。

(ニ) 同(d)について。

関戸、高山に対し前記規律違反行為につき反省を求めたことはあるが、反省しなければ処罰若しくは配置転換すると述べたことはない。又両名及び伊勢を配置転換したことは認めるが、右日時は関戸は同年七月四日、高山、伊勢は七月一〇日であり、これは中卒若年男子従業員を再教育し、産業技術の進歩による生産過程の変化に順応させるため行われたもので、同年七月一日までにすでに二五名を同様配置転換して訓練を行つている。従つて同人等の組合活動とは全く関係がない。なお被申請人と組合との間には右のような事項について何ら協定はないのであるから、労働条件その他について何ら変更のない以上、支部役員を業務上、教育上の必要に応じ配転せしめても組合の弱体化措置としての曦りを受けるべき筋合ではない。

(6) 同(ヘ)について。

大橋を機密洩漏のため懲戒解雇にしたこと、不当労働行為救済の申立がなされていることは認めるが、その他は否認する。同人はマイクロテレビの生産現場に勤務しており同テレビの生産数量は被申請人の経営上高度の機密事項であることを知りながら、その業務上知り得た月産量を、組合の教宣部長たる地位を利用して、被申請人の許可なく教宣ビラに発表したもので、右発表が代理店ないし他会社に及ぼす影響は大きく、被申請人の経営企図をあらわすところの一種の利敵行為にひとしく、正当な組合活動の範囲を逸脱している。従つて被申請人が企業防衛上の自律的措置として懲戒解雇にしたものであるから、反組合的意思を云々する余地の全くないものである。

(7) 同(ト)について。

伊藤、後藤両名が訴を提起したことは認めるが、伊藤はその後これを取下げた。その他の事実は否認する。被申請人は両名が組合加入を意図していたことは知るべくもなかつた。

(二)  (1) 同(三)の(2)の(イ)について。

申請人が組合員で、現在仙台支部執行委員長であることは認める。

(2) 同(ロ)について。

臨時工労働組合が組織され、ソニー労働組合仙台支部がその本工登用の要求を支援したことは認めるが、その他の事実は否認する。組合活動のための場所使用について、仙台支部組合からその申出があつた場合に、相互了解のもとに許可を与えているもので、被申請人が一方的に場所の指定をしたものではない。

(3) 同(ハ)について。

時間外労働の拒否通告については、労働協約と労使間の相互了解により昭和三五年一二月五日午後四時二〇分から有効な争議に入り得ることになつていた。しかるに申請人は、同五日午前七時二〇分ごろ、早朝出勤のため就労せんとした女子従業員四名に対し、その就労を阻止したのみならず、午前七時三〇分ごろ担当課長の許可なく職場に立入り、すでに就労中の女子従業員一名に対し職場放棄をなさしめた。これは協約に違反する争議行為を行い且つ行わしめたものであるから、被申請人は断乎たる処置をとる旨申入れるとともに厳重に抗議した。しかしこれは申請人の誤解に基くものであることが明らかとなり、組合本部も遺憾の意を表し、申請人も手落をわびたので、責任追及をしなかつたものである。従つて不当労働行為とは全く無関係である。

(4) 同(ニ)について。

ソニー労働組合仙台支部が映画「鉄窓烈火」の宣伝ビラを流したこと、これに対し被申請人が「資料」と題するビラを配布したこと、社長、副社長が演説したことは認めるが、その他の事実は否認する。右映画の宣伝ビラの裏には、共産党機関誌「アカハタ」日曜版購読勧誘文が記載されていたので、被申請人はこの種の行為は政治活動ことに共産主義活動と認められる可能性があり、特定の政党のための政治活動を禁止した就業規則第一一条に違反することになるので、工場の管理監督の責任ある者に対して、事業場における共産主義活動に対し今後十分注意するよう右「資料」を配布したもので、これには組合役員を誹謗した記載はなく、一般組合員と組合役員との離間をはかるものではなかつた。

社長の演説は、当時被申請人の創立一五周年記念行事に関し、組合が労使間の紛争に関連して、右行事を混乱におとしいれようという動きをしていることに対し警告したものであり、又副社長の演説は組合活動と政治活動とは厳に区別さるべきものとの意見を述べ、或は被申請人の経営を舟にたとえて一致協力して進むべきことを説いたものであつて、いずれも組合に対する中傷等を行つたものではない。

(5) 同(ホ)について。

申請人が春期闘争を指導したことは知らない。その他の事実は否認する。場所使用については前記のとおり相互の了解が成立していた。ところでソニー労働組合仙台支部は従来の慣行に反し、無通告で半日ストに入つたので職場の混乱を招いた。そこで仙台工場側でこれに対し慣行に反することを注意したところ、申請人及び関口中央委員がその非を認め遺憾の意を表したもので、これは何ら組合に対する攻撃ではない。

(6) 同(ヘ)について。

被申請人は申請人の受持機械の変更をしたことはあるが、今まで申請人をいかなる監督的地位にも就けたことはなく、受持機械の変更は全く業務上の必要に基いてなされたもので申請人を差別待遇したものではない。新労分会が結成されたことは認める。

以上によつて明らかなように申請人の主張する事実はいずれも被申請人の反組合的意思を示すものではない。

六、申請の理由三のうち、申請人の解雇当時の賃金が月額一万六、一〇〇円であつたこと、昭和三七年の年末一時金につき、被申請人とソニー労働組合との間に平均して賃金の四カ月分に相当する額を支給する旨の協定が成立したことは認めるが、右協定はその枠内で支給するものである。その他の賃金、年末一時金の請求権を有するという主張は否認する。

七、申請人の理由四について。

申請人は、本件解雇後ソニー労働組合仙台支部委員長に再任されているから、これより報酬を受けていることは当然予想され、雇傭契約上の仮の地位を定める必要性も賃金仮払の必要性もない。

更に申請人は、支部委員長であつても専従者でなく、就業時間中の組合活動は認められないから、就業時間中は工場構内に立入らねばならぬ必要はないし、就業時間外であれば組合役員その他との連絡は構外で十分できるから構内に立入る必要はない。よつて立入妨害禁止の仮処分の必要性もない。

第四被申請人の主張に対する申請人の反論

一、被申請人は、伊藤利子、後藤陽子の本採用拒否の理由として両名の作業上の理由や寮における態度をあげるが、被申請人は松沢病院の蜂矢医師の診断を知り、精神的疾患を理由にするだけでは解雇理由として不十分であると気づきこれをあらたにつけ加えたものである。

又仮に両名の仕事ぶりについて多少の問題があつたとしても上司による注意又は配置転換などにより解決できることである。

二、被申請人は、申請人が何ら事実を確かめることなくその主張の如き行為にでたと主張するが、申請人はソニー労働組合発行のビラと同組合本部からの電話連絡により、松沢病院における診察の結果両名が精神病でないという事実を知り、仙台支部の執行委員会でもこれをもとに被申請人の措置は人権侵害であると確認され、申請人はこれに基いて行動したものである。

三、申請人の行動は正当な組合活動ではないという主張について。

申請人の行動は、ソニー労働組合本部からの「職業安定所に行つて調査すること及び広く他の労働組合に訴えること。」を内容とする指令に従つたもので、何らその範囲を逸脱したものではない。

又労働組合は、使用者が労働条件を悪化させる措置をとつた場合、それが当該組合の組合員以外の従業員に対するものであつても、同じ使用者に雇われるもので、その措置が必然的に組合員の労働条件に影響し、その悪化を招く場合には、当然当該組合の問題としてこれに対処することができる。そしてその行動として、使用者との自主的な交渉のみならず、機関誌等による教宣活動を行い、又関係行政庁その他監督機関にその事実を知らせて職権の発動を促し、その措置の撤回を図ることは労働組合としての正当な活動である。すなわち申請人の行動は、組合員ではないが、同一企業に働く従業員の労働条件に関するだけではなく、それを超えた人権侵害にかかわる不当処分の撤回運動の方法として、組合の指令と決定に従い、人権侵害の事実を職業安定所の職員に申告したものであるから、正当な組合活動である。

四、申請人が浦山職業紹介係長に対し争議中であると言つた旨の主張は否認する。それは同係長において誤解したものである。

五、申請人は中山真吉に対しても、浦山係長に対すると同様の人権侵害の事実を告げたが、同人に対して何ら求人妨害を依頼するような言動はしていない。佐藤雅夫がその主張の如き申入をした事実もない。仮にそれに近い発言があつたとしても、それは佐藤個人の独自の行動であつて、申請人はそのような申入をすることについて何ら要請も期待もしていなかつたのであるから、申請人が右申入をさせたとはいえない。したがつてその責任を負うべき理由もない。

第五疎明<省略>

理由

申請の理由一、は当事者間に争いがない。そこで以下被申請人の申請人に対する懲戒解雇の意思表示の効力について判断する。

第一被申請人が申請人を解雇するに至つた経緯

一、被申請人が懲戒解雇事由に該当するものとして主張する申請人の行為の発端となつた事実

伊藤利子、後藤陽子の両名が、昭和三七年四月一八日被申請人に雇傭され、厚木工場に勤務していたこと。厚木工場診療所に呼出され、精神科医師武田専の診察を受け、その結果伊藤についてはヒステリー朦朧状態、後藤についてはヒステリーとの診断が下されたこと。同年六月二六日同工場佐藤総務課長が右両名に対し仕事に向かないと告げたこと。両名が東京都立松沢病院で蜂矢英彦医師の診察を受けたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四号証の一、二、第六五号証の一、甲第七、第三八号証、証人木村信の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認める甲第五、第九号証、証人後藤陽子の証言によつて真正に成立したものと認める甲第六、第一〇号証、証人原田哲夫の証言によつて真正に成立したものと認める乙第二、第三、第五、第六、第五四、第五六号証、証人高崎晃昇の証言によつて真正に成立したものと認める乙第六三号証、証人後藤陽子、原田哲夫、一条志朗の各証言を総合すると次の事実が認められる。

伊藤、後藤の両名は、被申請人に雇傭されて、厚木工場で一週間の基礎訓練ののち、同工場製造二課でトランジスタ組立工程中の「バー半田付け」と呼ばれる工程で作業していた。ところが伊藤は同年六月四日外出中に腹痛を起し、翌日になつてもおさまらないので、寮母のすすめで、厚木工場の嘱託医である西村好雄の開いている厚木中央病院に赴き、その診察を受けたが、内科的な原因を発見することができなかつたので病状を観察するため入院した。同日は廻盲部痛を訴えベツトの上をころげ廻るので、鎮静剤を注射されて翌朝まで眠り続けた。同月六日も食事は殆んどとらず、意味のない笑を見せ診察を拒んだ。同月七日漸く快方に向い食事もし、意味のない笑も少くなり、同月八日殆んど正常と思われる状態になつて退院することを許された。その後は土曜日曜と休んで同月一一日から普通に作業に従事した。一方後藤はその作業所に臨時の従業員が配置されたので、同月一日からトランジスタの測定、いわゆる「ICO測定」と呼ばれる工程に配置替えされた。同月一八日頭痛のため同工場の診療所において前記西村医師の診察を受けた。そのほかには両名ともとくに健康上の障害はなかつた。なおその間両名は厚木工場構内にある寮の同室に寄宿していた。

ところで西村医師は、伊藤について前記の病状から内科的原因が発見できなかつたので、精神科医の診察が必要であると判断し、前記診療所の小林医師及び当時同工場総務課に所属し、寄宿舎の管理に当つていた荒尾雅也にその旨説明し、結局右の診察を受けさせることにした。一方後藤については、採用試験の際行つた文章完成法テストの結果が六月になつて判明し、分裂気質があることが判つたこととICO測定の工程に配置替えされてから作業中の態度に落着きがなく、作業上のミスもあり、又寮生活においても融和を欠くところがあるということで荒尾が前記医師と相談の結果、やはり精神科医の診察を受ける必要があると認めた。そこで同月一九日(前掲甲第三八号証によると後藤が早退したのは同月一八日と二二日であり、前掲乙第六五号証の一の診察経過欄の記載によると武田医師の診察したのは早退の翌日であるので上記のとおり認定する。)診療所小林医師が武田医師の来診を求め、他の女子従業員三名とともにその診察を受けさせた。同日両名はそれぞれ就労中同工場の診療所からの電話による連絡により同所に赴き、同医師からそれぞれ三〇分間の問診を受けた。診察が終つて、後藤は少し神経衰弱気味だといわれて精神安定剤と抗うつ剤とを与えられ、伊藤は入院したときはヒステリー朦朧状態という一時的なものであつたと説明されて精神安定剤を与えられ、それぞれ作業場に帰つた。伊藤は作業場で同僚から右の診察をした医師が精神科医であると告げられ、又後藤は寮において伊藤から右の薬が精神科の薬だと教えられた。その後も両名は引続き作業を続けていたが、同月二六日両名とも佐藤総務課長から呼出しを受け、伊藤は「あなたの病気は精神科の医者もわからない。今の状態で会社にいても病気がだんだん悪くなるし、この会社はあなたに向かないから他の仕事についた方がいいのではないか。」などといわれて退職を勧告され、後藤も「会社の仕事に不向きであるから本採用は見合せることにした。他の小さな会社で働いた方がいいんじやないか。」などといわれて同様退職を勧告された。

そして同月二七日伊藤は右佐藤の言葉に疑を持ち、厚木中央病院に赴き前記入院時の診断書を要求したところ、病名として「ヒステリー朦朧状態右疾患により六月五日より六月八日迄入院休業安静加療を要しました。」と記された西村好雄作成の診断書(甲第七号証はその写)を渡された。一方後藤は同日荒尾雅也に呼ばれたので、ソニー労働組合の本部書記長木村信と厚木支部執行委員長長田弘志を同道し、荒尾に退職勧告の理由の説明を求めたところ、「精神病ではないが、一種のヒステリーで集団生活には向かないし、この工場にも不適当だから退職してもらう。」という説明を受けた。

そこでさらに両名は他の専門医師の精密な診察を受けるため同月三〇日木村信に連れられて松沢病院に赴き、前記の蜂矢医師の診察を受けた。その際には問診のほか脳波描記、ロールシヤツハテストを受け、時間も両名合せて三時間に及び、同年七月二日両名とも「とくに精神障害は認めず、現在集団生活を不可能にするような精神異常は認められない。」と記載された同医師作成の診断書を受けとつた。

なお両名は前記退職勧告後も従前どおり作業に従事していた。

二、右の厚木工場における被申請人の措置に対するソニー労働組合の態度

成立に争いのない乙第七号証、前掲甲第五、第六号証、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二〇号証、証人木村信の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認める甲第三五号証の二、証人後藤陽子、木村信(第一回)、神位裕の各証言並びに申請人本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

ソニー労働組合厚木支部執行委員高山は、同年六月二六日、後藤陽子が意気消沈しているのを目にとめその理由をたずねたところ、前記の退職勧告を受けた経過を聞かされたので、組合本部に電話連絡をした。組合本部は翌二七日木村信が伊藤、後藤の両名に会つて直接前記の経過を聞き、精神病だということで解雇されようとしているものと考えられたので、組合本部の役員会や執行委員会で右問題を検討した結果、同月三〇日ごろまでに精神障害を理由に解雇しようとしている被申請人の措置は人権侵害であると判断し、労働基準監督署、職業安定所等に右事実を申告すること、又法務局の人権擁護課に人権侵害救済の申立の手続を進めること、他の労働組合等に実情を訴えることを決定した。さらに前記蜂矢医師の診察の結果が同年七月二日判り、組合は人権侵害であるとの考えを深め、右の決定にしたがつて行動することになつた。そして同月四日組合本部は、書記長木村信を通じて電話により、同組合仙台支部に対し、「厚木工場で試傭期間中の二名の女子従業員が精神異常を理由に本採用にしないとして退職勧告を受けているが、両名は他の専門医に診察を受けた結果異常はないということである。そこで両名の親戚に当る者が仙台公共職業安定所に勤務しているからこれに右の事実を告げ、又右は同職業安定所の紹介で採用されたものであるから、右の事実を職業安定所の職員に告げて採用の際の条件等について調査すること、更に右は人権問題であるから広く他の労働組合にも訴えること。」という趣旨の連絡をした。仙台支部では当時の書記長神位裕が右電話を受け、申請人と他の執行委員一名を加えて話合つた結果、同日申請人が本部からの連絡にしたがい行動するために仙台公共職業安定所を訪れることになつた。

三、申請人の仙台公共職業安定所における行動

申請人が前同日被申請人の伊藤利子、後藤陽子に対する解雇の意思を撤回させようという意思を持つて、仙台公共職業安定所に赴き、同所浦山職業紹介係長及び当時の全労働省労働組合宮城職安支部長中山真吉の両名に会つたことは当事者間に争いがない。

前掲甲第二〇号証、乙第七号証、証人高崎晃昇の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五一号証の二、証人海子邦男の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認める乙第四六号証及び同証言、証人中目英男、中山真吉の各証言並びに申請人本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。

申請人は同日右職業安定所において、最初に同所労務課に勤務している伊藤利子と親戚に当る中目英男に会い、「佐藤総務課長が新入社員に対して、精神科の医師の診断の結果集団生活に適しないといつて退職を迫つたが、その医師の診断がでたらめである。」旨の記載あるソニー労働組合情宣部発行の六月三〇日付ビラ(乙第七号証)を示し、当時厚木工場に勤務していた二人の女子従業員が精神病を理由に解雇されようとしており、その一人は伊藤利子であるが組合として別の医者に診察してもらつたところ異常はなかつたから、心配しないでくれと告げた。そして申請人が、中目に対し、職安の方でこのことを知つているだろうかと尋ねたところ、中目は職業紹介係長の浦山重幸のところへ申請人を案内した。そこで申請人は、浦山に対しても前記のビラを示し、「同職業安定所の紹介で被申請人に新規に採用された厚木工場の女子従業員二名について、被申請人が医者とぐるになつて精神鑑定を含んだ健康診断を行い、組合意識の強い者は本採用しない。」という趣旨のことを話し、ソニー労働組合としては人権問題として取扱うようになつているが、職業安定所ではこういう問題があるときどうするのかと尋ねた。更に同日中山真吉に対しても同旨のことを話した。

第二申請人の行為の懲戒解雇事由該当性

一、成立に争いのない乙第一号証の一の就業規則には、第五五条に「従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒委員会に諮問のうえ処罰する」とし、第一九号に「会社の体面を汚した者」、第二一号に「正当な理由又は手続なく著しく会社の業務に支障を与えた者」、第二三号に「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあつたもの」と規定され、又同規則第五七条には「処罰はその程度に応じて次の四種とする」とし「(1)譴責(2)減給(3)出勤停止(4)懲戒解雇」と規定されていることが認められる。

二、申請人の前記発言内容の真否について、

(一)  被申請人は、伊藤利子、後藤陽子の両名については、その作業中の態度、寮生活における状況及び武田医師の診断等を総合して不採用を決定した旨主張する。しかし、伊藤については、前記のとおり一週間の基礎訓練ののち「バー半田付け」の工程へ配置され前記退職勧告を受けるまでの間に作業態度が悪く又作業上のミスにより職場の管理者から特に注意を受けたりした事については何らこれを認めるに足る疎明はない。前掲乙第五六号証及び証人原田哲夫の証言によつても、技術の習得や作業意欲の点で特に他の従業員より劣つていたとは認められない。又寮生活においても他の従業員と融和を欠き集団的生活の秩序を乱すような行為があつたものと認めるに足る疎明はない。成立に争いのない甲第一二号証、前掲乙第六号証によれば、武田医師の診断がその最も重要な理由となつたものと認められる。後藤についても、同年六月一日配置転換されるまでは作業上の態度が問題とされた事実はこれを認めるに足る疎明がない。前掲乙第三、第六、第五六号証、証人原田哲夫、後藤陽子の各証言によれば、「ICO測定」の現場に配置転換されたのちの同月一〇日ないし一五日ごろ、上司から作業上のミスで注意されたことが認められるが、証人後藤陽子の証言によれば、これも後藤がいまだその作業に習熟していなかつたためと上司の技術指導が徹底していなかつたためであることが認められる。証人原田哲夫の証言中これに反する部分は採用しない。そして証人原田哲夫の証言によると、新規採用の従業員でもその技術は三ケ月で相当の水準に達し、特に難しい作業であつても約半年で習熟することが認められる。すると後藤が作業上のミスで注意されたのは配置替後一〇日ないし一五日しか経ていないころであるから以後の指導如何によつては充分な技術を習得する可能性も考えられる。又寮における生活について融和協調性が欠けていたという主張については、右の証拠中に多少これに副う部分があるけれども、それが集団的生活秩序を乱し、ひいては作業場での秩序又は能率に影響するような目立つたものであつたという疎明はない。もつとも右のほかに前掲乙第三号証及び証人原田哲夫の証言によると、採用試験の際行つた文章完成法テストの結果が同年六月中旬になつて報告され、分裂気質があることが判明したことが認められるから、これが不採用決定の一つの理由になつたことは認めなければならないが、成立に争いのない甲第一三号証、前掲乙第六号によればやはり武田医師の診断が主な理由となつたものと考えられる。

(二)  そこで右武田医師の診断と被申請人の措置が不当かつ違法であるという申請人の主張について検討する。

(イ) 申請人は、伊藤、後藤の両名には特に精神科医の診察を必要とする事情がなかつたのに、被申請人が武田医師に右の措置を依頼したのは不当であると主張するが、両名が同医師の診察を受けるに至つた経過は前記認定のとおりであつて、被申請人が嘱託医と相談の結果右の必要を認めたのであり、被申請人において他に不当な意図を持つていたと認めるに足る疎明はないから、右のように考えたとしてもこれを直ちに不当であるとはいえない。

(ロ) 武田医師の診察は、精神衛生法第二三条違反であるという主張について。

まず同条は精神障害者又はその疑ある者が、本人自身を傷つけるばかりでなく他人にも害を及ぼす虞があるような場合に、これを事前に防ぐため、知事の監督下にある精神衛生鑑定医の診察、保護が必要であるときは、一般的に同法第二〇条の保護義務者のみでなく第三者でもその旨知事に申請する権限があることを明らかにしたものである。したがつて本人が異議なく一般の精神科医の診察を受け、あえて精神衛生鑑定医の診察は必要でないと認めるときは保護義務者以外の第三者が精神科医に診察を依頼する場合でも、右の手続をとる必要のないことはいうまでもない。

ところで武田医師の診察については、伊藤、後藤の両名が右診察を受けるについて明示の同意を与えたという事実はこれを認める疎明がない。しかし前記認定のとおり両名は診察中約三〇分に亘つて医師の質問に答え、拒否的な態度を示した事実はない。もつとも前掲甲第六号証と証人後藤陽子の証言によれば、後藤は質問が終り、少し神経衰弱気味であるといわれて何故そのようなことを聞くのかと尋ねたが、その後看護婦から渡された薬を受け取つて帰つたことが認められ、退職勧告を受けるまでは何らこの診察方法について異議を述べた事実は認められず、右診察が強制的になされたものと認めるに足る疎明はない。(ちなみに労働基準法第五二条により健康診断を行う際には、労働安全衛生規則第五〇条第一項第一号により神経系統その他の臨床医学的検査も行うよう規定され、同法同条第三項には使用者の指定した医師の診断を希望しない場合には他の医師の診断を求めることができる旨規定している。)したがつて武田医師の診察をもつて直ちに精神衛生法に反する違法なものと断定することはできない。

(ハ) 武田医師の診断内容が不当であるという主張について。

武田医師の診察自体はわずか三〇分づつの問診だけであつたこと、これに対し蜂矢医師の診察が両名について合せて三時間におよび、脳波描記のほか、ロールシヤツハテストも行われたことは前記認定のとおりであり、精神科の臨床医学的知識を有しない一般人が後者の診断に信頼を寄せることは推認するに難くないけれども、成立に争いのない甲第一一号証、証人木村信の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認める甲第三四号証によれば、蜂矢医師が脳波描記を行つたのは、てんかん性疾患の有無を検査するためであつたが、その結果は異常が認められなかつたことが認められ、一方証人海子邦男の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認める乙第六六号証によれば、武田医師が脳波描記を行わなかつたのは、てんかん性疾患はないものと認めていたことが明らかで、いずれの診断にも右の脳波描記の結果は影響を与えないことになる。すると武田医師がこれを行わなかつたからといつて、その診察方法が不当であるとはいえないし、前掲乙第二、第三号証によれば武田医師の診察にあたつて西村、小林の両医師が伊藤、後藤両名の観察経過を同医師に告げたことが認められるが、これはむしろ当然の措置であつて、これが不当であるという疎明はない。他にも武田医師の診断が、蜂矢医師の診断と異るところから、直ちに前者の診察方法が不当であり、その診断が誤りであると認めるに足る疎明はない。すなわち武田医師の診断は、右に述べたとおり、診断当時の状態においては、違法かつ不当であるとは認められないのであるから、被申請人が武田医師とぐるになつて精神鑑定を行い、何ら異常がない者を精神病ないし精神障害と診断したということが事実に反することも明らかである。

(三)  申請人は、被申請人が武田医師の診断を主な理由として、試傭期間中の両名の本工不採用を決め退職勧告をしたのは、基本的人権の重大な侵害であると主張するが、右認定のとおり武田医師の診断が違法かつ不当であると認められないのであるから、被申請人がこれを理由に不採用決定と退職勧告をしたことの当否は別に考えなければならないとしても、これが直ちに基本的人権の侵害であるとは解されない。

又申請人は、被申請人が武田医師の診察の結果をことさらに他人に口外して本人や家族の人格、名誉を傷つけたと主張するが、前掲乙第三、第六号証及び証人原田哲夫、後藤陽子の証言によれば、当時厚木工場の総務課付で寮の管理者であつた荒尾雅也は、前記の佐藤総務課長の退職勧告が不当解雇であるとの噂が流れ始めたので、これを防ぐため同年六月二七日ごろ寮母と寮生活の指導のため、伊藤、後藤ら新規採用の従業員と同室していた女子従業員に対し右診察の結果を説明したこと、又同日後藤を呼んだ際同道して来た木村信、長田弘志に右診察の結果を明らかにするよう要求されて前記認定のように述べたことが認められる。しかしこれらは、荒尾においてことさらに診察の結果を口外したものとは認められないし、他にもこれを認めるに足る疎明はない。

(四)  申請人の労働基準法第九四条違反の主張については、同年七月四日当時までにそのような事実があつたことを認めるに足る疎明がない。

(五)  伊藤利子、後藤陽子の両名が組合意識が強く、組合に接近する態度を示した故に本工不採用と決定したものであるとの申請人の主張について。

証人後藤陽子の証言によれば、後藤は他の従業員にさそわれて組合主催のフオークダンスの会に二、三回出席し、そのあとで行われた学習会にも出席し、組合の歴史とか組合運動のあり方について話を聞いたこと。伊藤は右のダンスの会を見物しただけであること。両名と同時に採用された従業員は一一名でこのうち三、四名が右の会に出席したこと。退職勧告を受けた事実を組合が知つたのは、両名が積極的に組合に訴えたことによるものではないことを併せ考えると、両名が多少組合に対して関心を持つていたことが窺われないわけではないが、同時に採用された他の従業員に比し組合意識が強かつたとは認められないし、又両名が組合に接近する態度を示していることを被申請人において知つていたと認めるに足る疎明もない。更に被申請人が後藤を不採用にした主な理由が武田医師の診断にあつたことは前述したとおりであり、証人後藤陽子の証言によれば、同じくダンスの会や学習会に参加した他の同僚が本採用になつていることが明らかであるから、被申請人が両名を組合意識が強い故に不採用にしたということは事実に反することといわねばならない。

これを要するに申請人が前記の仙台公共職業安定所において述べたことは事実に反することを含んでいるといわねばならない。

三、就業規則第五五条第二一号の適用について。

ソニー労働組合が伊藤利子、後藤陽子解雇問題について、人権侵害救済の申立や、労働基準監督署、職業安定所等に申告する旨決定したこと。申請人が右組合本部からの連絡に従つて、右両名に対する被申請人の解雇の意思を撤回させようという意図で仙台公共職業安定所に行つたことは前記のとおりであり、前掲甲第二〇号証及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、組合本部から連絡を受けた事実は真実であり、被申請人の措置は精神科医と通じ、ことさらに精神障害に藉口して、伊藤、後藤の両名を解雇するもので、人権侵害であると信じていたことが認められ、更に前記のとおり被申請人が両名を不採用と決定した主たる理由が精神科医武田専の診断であるが、右の診断に対して組合が特に求めた東京都立松沢病院の蜂矢医師の診察の方が精神医学的知識に乏しい一般人から見ればより精密で信頼するに価すると思われ、しかもその結果は前者の診察よりわずか一〇日しか過ぎていないのに何ら精神障害は認められないというのであつたこと。証人一条志朗の証言によれば、従来被申請人が採用した従業員で試傭期間満了の際本採用とならなかつたものは極く少数で、殆んど問題にならないくらいであつたことが認められ、これらの事実からすれば申請人が右のように信ずるについては相当の理由があること。申請人が浦山職業紹介係長に会つたのは前記のとおり中目英男の案内によるものであること。前掲甲第二〇号証及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人は被申請人が従業員募集を行つており、近くその採用試験が行われることを知つていたと認められるが、前記のとおり申請人が浦山職業紹介係長に会つた際には何ら右の事柄に言及していないことを併せ考えると、申請人は専ら伊藤、後藤に対する被申請人の解雇の意思を撤回させることを意図して前記のような言動に出て、職業安定所として如何なる処置がとれるのかと尋ね善処方を促したものであつて、右の意図を達するためにさらに被申請人の求人業務を妨害する意図があつたものとは認められない。もつとも成立に争いのない乙第七号証ソニー労働組合仙台支部の同年七月一〇日付情宣ビラには「就職をすすめないようにしている。」旨の記載があるけれども、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は右ビラの作成には関与していないこと。又配布するときになつてこれを見て、発行責任者に表現が適切でない旨告げたことが認められるから、これが申請人の意図をそのまま表現しているものとは解せられない。したがつて右証拠によつても前記認定を覆すことはできない。

被申請人は、右の善処を促すということは職業安定所に虚偽の事実を告げてその職権外の事項について調査を促すものであるから、結局被申請人の求人業務を妨害することになると主張するが、公共職業安定所は、労働者を雇傭する者から、労働者の雇入れ、又は離職の状況、賃金その他労働条件等の職業安定に関し必要な報告をさせる権限を有し(職業安定法第四八条)又労働者の雇入方法の改善その他の指導をすることができ(同法第五四条)、求人者に対してその求人数、労働条件その他求人の条件について指導することができる(同法第一六条第二項)のであるから、労働組合が労働条件の維持改善のため、これに関する使用者の措置について、これを職業安定所に申告し、右の如き権限の発動を促すことは他に不当な意図がない限り、当然組合活動として行いうることであると解される。ところが、申請人は、その発言内容については真実であると考え、しかも求人妨害の意図を持つていたとは認められないのであるから、右のように職業安定所において善処方を促したとしても、これを直ちに被申請人の従業員募集の業務の妨害行為に当ると断定することはできない。

又被申請人は、申請人が浦山職業紹介係長に対し「争議中である。」旨虚偽の事実を告げて、右の被申請人の業務を妨害したと主張する。まず申請人が争議中であると告げたという点については、前掲乙第五一号証の二にこれに副うような文言があるけれども、右証拠を仔細に検討すると、これが争議行為を行つているという趣旨とは解されず、労使間で労働関係をめぐつて主張が対立した状況にあるということを指していると解される。とすれば、前記認定の申請人の言動からしてそのような趣旨のことを述べたことも推認される。ところで職業安定法第二〇条によれば、職業安定所は労働争議に介入しないという趣旨で、同盟罷業又は作業所閉鎖の行われている場合又は労働委員会から特別の通告があつた場合には求職者の紹介はしてはならない旨規定しているから、右の申請人の言動により職業安定所の職員がこれに関心を示すことは考えられるけれども、これによつて被申請人に対する求職者の紹介が拒否されるか若しくは延期される虞があるという事実はこれを認めるに足る疎明はない。したがつて申請人の行為が被申請人の従業員募集の業務に支障を与えるものとは解されない。

更に、申請人は全労働省労働組合を通じて被申請人の求人業務を妨害したという被申請人の主張について検討するに、前掲乙第五一号証の二、第四六、第六三号証及び証人海子邦男(第一回)、一条志朗の各証言によると、同年七月一四日全労働省労働組合宮城支部職安分会長佐藤雅夫は、浦山職業紹介係長に対して電話により、被申請人の従業員の採用試験が仙台公共職業安定所で行われる日である同月一六日の右選考前に選考員として来るソニー株式会社の者に会いたいから取次いでもらいたい旨、又当日応募した者は右選考員に渡さず、一時一カ所に集めて欲しい旨の申入れをしたことが認められる(証人佐藤雅夫の証言によれば、佐藤が右の申入れをしたことは極力否定するけれども、前掲証拠と右佐藤の証言によれば、浦山が佐藤の電話に対して憤慨したこと。右電話の直後浦山が職業課長である尾崎幸信に対して通常の方法で紹介してよいかと尋ねたこと。又同所にいた厚木工場の労務係長で採用試験の選考員である一条志朗と仙台工場の労務係長である海子邦男に、右電話の内容を特に告げていることからして、同人の紹介業務に直接関係ある具体的な申入れがあつたことが認められる。よつて右認定に反する証人佐藤雅夫、千葉茂の各証言は採用しない。)。しかし右の申入れが申請人の依頼によつてなされたものであるという事実はこれを認めるに足る疎明はない。もつとも、証人中山真吉、佐藤雅夫、千葉茂、永沢芳男の各証言によると中山真吉は同月四日申請人から前記のような事実を聞き、同月六日、七日行われた組合大会に、ソニー株式会社で精神異常であることを理由に不当解雇がなされているが、職業安定所の労働組合としてどのように対処すべきかという提案をしたが、右提案は時間の関係で特に討論決議するに至らなかつたことが認められる。その後も同労働組合において特にとりあげられて問題とされた事実は認められないから、右の佐藤の申入れは同労働組合として申入れたものとは認められない。いずれにしてもこれが申請人の行為と直接の因果関係にあることの疎明はないので、被申請人の主張は採用できない。

その他申請人の言動によつて、現実に被申請人の従業員募集の業務に支障を来したと認めるに足る疎明はない。もつとも前掲乙第六三号証及び証人一条志朗の証言中には、応募人員が予想より少なかつた旨の供述があるけれども、その予想自体合理的理由を欠くのみならず、その少いことが申請人の言動を原因とするものであるという事実は認められないので、右証拠は採用しない。

すると、申請人の前記行為が就業規則第五五条第二一号の懲戒事由に該当しないことは明らかである。

四、就業規則第五五条第一九号の適用について。

右規定に「会社の体面を汚した者」とは被申請人の信用を毀損して企業の経営秩序を侵害した者をいうものと解するを相当とする。従つてたとえ不当処分の撤回のための組合活動であつても第三者に虚構の事実を述べ、それが被申請人の信用を毀損するものである限り被申請人の体面を汚すものとして許されないものといわねばならない。しかし労働関係に関し使用者と労働組合との間に主張が対立している場合に、多少相手方の名誉、信用を毀損することのあるのは免れ難いところであり、従つて故意に虚構の事実をもつて相手方を批難し、自己の主張をする場合はともかく、自己の主張が正当であり、そのように信ずるについて相当である場合には、これによつて相手方の名誉、信用を著しく毀損しない限り、直ちにこれを不当と解することはできない。

申請人が事実に反することを述べたものであることは前記認定のとおりであるから、これによつて被申請人の信用がある程度毀損されたことは認めなければならない。しかし申請人は自己の主張が真実であると信じ、これについて相当の理由があつたと認められることは前記のとおりであつて、申請人の行為により被申請人の信用が著しく毀損されて経営秩序が侵害されたと認めるに足る疎明はない。したがつて申請人の行為が就業規則第五五条第一九号の懲戒事由に該当するとはいえない。

五、就業規則第五五条第二三号の適用について。

右規定に「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたもの」とは、企業の経営秩序、職場秩序を維持し、これに対する違反者の処罰を定める懲戒規定の本質上、右秩序を乱し或は故意にこれを乱す虞のある行為をしたものをいうものと解すべきである。したがつて同規則第五五条第二一号に準ずる行為というのも、故意に被申請人の業務に支障を与える危険のある行為であることを要するところ、申請人において被申請人の従業員募集の業務を妨害する意思を有していたと認められないことは前記のとおりであるから、申請人の行為が右に該当しないことは明らかである。又同条第一九号に準ずる行為というのも故意に被申請人の信用を毀損する危険のある行為であることを要するところ、申請人に被申請人の信用を毀損する意思があつたと認めるに足る疎明もないから、申請人の行為が右に該当するとはいえない。すると申請人の行為が同条第二三号の懲戒事由に該当するものともいうことはできない。これを要するに被申請人が申請人を懲戒解雇に処したのは就業規則の適用を誤つた違法なものであるから無効であるといわねばならない。

第三申請人の被申請人に対する請求権と仮処分の必要性

以上のとおり、被申請人の申請人に対する懲戒解雇は無効であるから、被申請人の解雇の意思表示の翌日である昭和三七年七月二六日以降も両者の間には雇傭関係が存続しているものというべきである。そして右解雇の意思表示を受けた当時の申請人の賃金が月額一万六、一〇〇円であつたこと、被申請人が申請人の仙台工場構内への立入を禁止して就労させないことは当事者間に争いがなく、賃金支払期日が毎月二五日であることは被申請人の明らかに争わないところであるので、同日以降においても申請人は被申請人に対し毎月二五日同額の賃金を請求する権利がある。昭和三七年の年末一時金につき被申請人とソニー労働組合との間に平均して賃金の四カ月分が支払われる旨の協定が成立したことは当事者間に争いがないが、申請人が当然に右の賃金の四カ月分全額を請求し得るものと認めるに足る疎明はない。

証人木村信の証言(第三回)と申請人本人尋問の結果によれば、申請人の家族は、父母と兄弟六人であるが、父は魚の行商で十分家族の生活を支えるだけの収入がなく、長男である申請人の賃金がその生計費の重要な部分をしめていたこと。申請人は本件解雇の意思表示後は組合から救援資金として、前記賃金月額相当の貸付を受け、又同年一〇月一〇日からは失業保険金の給付も受けて生活を維持して来たこと。右金員はいずれも申請人の復職が確定すれば返還すべきものであることが認められる。申請人は前記解雇の日の翌日以降の賃金の仮払を求めるけれども、右救援資金及び失業保険金は申請人の本件解雇無効に関する本案訴訟事件の勝訴確定後は返還すべきものであるが、本件賃金支払の仮処分があつたことによつて直ちに返還を求められ、それによつて申請人が窮迫した状態に陥いるという関係にはないものと解される。すると解雇の日の翌日から本件口頭弁論終結の日(昭和三八年三月二九日)現在までに既に履行期の到来した分については仮処分の必要性はないものといわねばならない。同年四月以降の分については、前記認定のとおり、一応申請人に対する懲戒解雇が無効であると認められる限りは、申請人の生活を支えるためになお組合に対して臨時的出捐である救援資金の提供を続けさせることは不当であり、又失業保険金の給付も相当日数経過したので、本案判決の確定するまで主文掲記の範囲内で仮処分の必要性があるものと認める。

申請人は、健康保険による利益等を享有し得る地位を保全するため、申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める必要があると主張するが、申請人は国民健康保険法による被保険者となり得るものであつて、これについては特に緊急の必要は認められないからこの部分に関する申請人の申請は却下する。

申請人は就労のため及び組合活動のため被申請人に対して仙台工場構内への立入妨害禁止の仮処分の必要があると主張する。ところでその被保全権利については、申請人は一つには、雇傭契約上の権利として当然その立入請求権を有するものと主張するもののようであるが、雇傭契約上特別の定めがあるか、業務の性質上労務の提供について特別の合理的理由があつて、申請人が就労請求権を有する場合でなければ、雇傭契約上の権利として一般的に工場構内への立入請求権があるとは解されない。その他に申請人が右の請求権を有することについては何らの主張も疎明もない。又組合活動のために申請人が工場構内への立入を請求する権利があるという点についても、何らこれを認めるに足る疎明はない。かえつて証人神位裕、高崎晃昇の各証言及び申請人本人尋問の結果によれば、ソニー労働組合仙台支部において、職場集会、組合大会を開く場合には、その都度組合から仙台工場管理者に対して、場所使用の許可を申込み、その了解を得たうえで使用していることが認められるから、組合が一般的に仙台工場構内を使用することは許されていないものというべく、申請人もその権利を有しないものというべきである。そして申請人は、解雇の意思表示後も組合事務所への立入りが許されていることはその自認するところであるから、本件仮処分後は、組合大会のための場所使用についても自主的な交渉により了解に達することができると考えるので、仮処分の必要性は認めない。従つてこの部分に関する申請人の申請も却下すべきものである。

よつて申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 鍬守正一 福嶋登)

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